1980年代のアイコン:観客を魅了したセレブたちと彼らの現在の姿

松本伊代(1965年生まれ)

彼女は人気テレビ番組『たのきん全力投球!』のオーディションに合格し、芸能界入りした。

自身のデビュー曲『センチメンタル・ジャーニー』をコミカルにアレンジした「伊代はまだ55だから〜♪」は、バラエティ番組でおなじみのフレーズになっている。また、芸人・ヒロミとの仲睦まじい結婚生活でも称賛されている。

三田寛子(1966年生まれ)

1981年のテレビドラマ『2年B組仙八先生』で初出演し、翌年には“花の82年組”として歌手デビューした。

その後、天然キャラでバラエティ番組でも広く知られるようになり、現在は“歌舞伎界の妻”として、またタレントとして多方面で活動している。

石川秀美(1966年生まれ)

彼女は1982年に“花の82年組”としてデビューした。1990年にはアイドルグループ「シブがき隊」の薬丸裕英と結婚し、芸能界を離れた。

5人の子どものうち、長男は俳優、次男はプロサッカー選手、長女はタレントとして活躍しており、そのキャリアは大きな関心を集めている。

薬師丸ひろ子(1964年生まれ)

彼女は1978年の角川映画『野性の証明』で女優デビューした。主に女優として知られ、「最後の映画女優」という異名を持つ。

また、映画『セーラー服と機関銃』の主題歌を歌ったことで歌手としても高く評価され、現在もコンサート活動を続けている。

原田知世(1967年生まれ)

薬師丸ひろ子、渡辺典子と共に「角川三人娘」の一人として知られ、1983年の映画『時をかける少女』で日本アカデミー賞新人賞を受賞した。

フリー転向後は『私をスキーに連れてって』などの人気映画に出演し、CM出演も20年以上続くなど、変わらない魅力で支持されている。

渡辺典子(1965年生まれ)

オーディションに合格し“薬師丸ひろ子の後継者”と呼ばれて角川映画に所属した。映画『積木くずし』で高い評価を受け、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した。

その後も映画やテレビドラマで活躍し、2020年には薬師丸ひろ子と共演した映画が話題となった。

工藤夕貴(1971年生まれ)

ハウス食品のCMで「お湯をかける少女」として注目を集め、有望な若手女優として人気を得た。

1989年には国際作品にも参加し、グローバルな女優としてキャリアを広げた。

南野陽子(1967年生まれ)

テレビドラマ『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』で主演を務め、トップアイドルとして人気を博した。

歌手としても『楽園のDoor』などのヒット曲があり、現在も女優として活動しており、その美肌も絶賛されている。

杉浦幸(1969年生まれ)

雑誌『Momoco』のグラビアで注目され、ドラマ『ヤヌスの鏡』で主演デビューした。

その後はアイドル歌手としても活動。1990年以降は主にタレントとしてバラエティ番組で活躍している。

後藤久美子(1974年生まれ)

“元祖国民的美少女”として、NHKドラマ出演後すぐに人気を得た。

F1ドライバーのジャン・アレジと結婚し、現在はスイスに在住し海外でのセレブ生活を楽しんでいる。

伊藤麻衣子(1964年生まれ)

初代「ミスマガジングランプリ」に選ばれてデビューし、ドラマ『不良少女とよばれて』で注目を集めた。

女優業の傍ら、早稲田大学で予防医学や基礎老年学を学ぶなど、学問にも励んでいる。

荻野目洋子(1968年生まれ)

“おぎのめちゃん”の愛称で親しまれ、ユーロビート調のヒット曲を多数生み出した。

代表曲『ダンシング・ヒーロー』は“バブリーダンス”として再び注目を浴びた。元テニス選手の辻野隆三と結婚している。

岡田有希子(1967年生まれ)

“ユッコ”の愛称で親しまれた人気アイドル。先輩の松田聖子の後継とされることも多かったが、本人は「私は私」と語っていた。

18歳で悲劇的に亡くなったが、今も世界中から多くのファンが墓を訪れている。

斉藤由貴(1966年生まれ)

第3回ミスマガジングランプリを受賞してデビュー。デビュー曲『卒業』や、ドラマ『スケバン刑事』でのセーラー服姿は今も印象的である。

現在も女優として活躍し、近年では映画で助演女優賞も受賞している。

大西結花(1968年生まれ)

テレビドラマ『スケバン刑事III 少女忍法帖伝説』で風間三姉妹の長女役として注目された。

歌手・女優として活動を続け、2000年にはダートレーサーとしてもデビューした。

吉本実憂子(1969年生まれ)

“ミッチョン”として知られ、1985年にアイドル歌手としてデビューした。

その後、女優業へと活動の中心を移し、多数のテレビドラマや映画に出演した。

佐野量子(1968年生まれ)

彼女は女優としてキャリアをスタートし、その後アイドル歌手としてデビューした。

バラエティ番組でも活動していたが、競馬騎手の武豊と結婚し、芸能界を引退した。

河合その子(1965年生まれ)

『夕やけニャンニャン』のオーディションに合格しておニャン子クラブに加入し、ソロデビューも果たした。

作曲家の後藤次利と結婚後は引退したが、のちに夫と共演した化粧品のCMが大きな注目を集めた。

岩井由紀子(1968年生まれ)

“ゆうゆ”の愛称で親しまれ、おニャン子クラブの人気メンバーとして活躍し、高井麻巳子と共に「うしろゆびさされ組」でも活動した。

実業家と結婚後、芸能界を引退し、現在は3人の子どもを育てている。

早見優(1966年生まれ)

ハワイ育ちで、1982年にデビューした。コカ・コーラのCMに使われた『夏色のナンシー』が大ヒットとなった。

結婚後は、松本伊代、堀ちえみと共に“ママドル”ユニットを組んで再び注目を集めた。

高井麻巳子(1966年生まれ)

おニャン子クラブの会員番号16番で、岩井由紀子と共に「うしろゆびさされ隊」としても活動した。

おニャン子クラブの生みの親・秋元康と結婚後、芸能界を引退した。

吉沢秋絵(1968年生まれ)

『夕やけニャンニャン』のオーディションに合格し、ドラマ『スケバン刑事II』で女優デビューし、同ドラマの主題歌で歌手デビューも果たした。

芸能界を引退後は出版業界に進み、現在は海外で暮らしている。

新田恵利(1968年生まれ)

おニャン子クラブの顔として“ミリオンドルの笑顔”で人気を獲得した。

フジテレビ社員と結婚し、現在もタレントとして活動している。

国生さゆり(1966年生まれ)

おニャン子クラブの会員番号8番で、ソロデビュー曲『バレンタイン・キッス』は今もバレンタインの定番曲として知られている。

卒業後は女優として活動し、現在はバラエティ番組でも活躍している。

立花理佐(1965年生まれ)

おニャン子クラブのメンバーで、“元祖おバカタレント”として有名になり、「ニャンギラス」としても活動した。

現在は雑誌編集者とタレントの両方で活動している。

木原明(1969年生まれ)

『夕やけニャンニャン』の初回から出演し、その長身で注目を集めた。「ニャンギラス」のメンバーでもあった。

引退後はフリーライターとなり、現在はオランダでシェフとして働いている。

名越美香(1966年生まれ)

おニャン子クラブの会員番号9番で、「ニャンギラス」としても活動した。

引退後、香港のパイロットと結婚し香港に移住、現在はスタイリストとして働いている。

白石麻子(1969年生まれ)

おニャン子クラブの会員番号22番である。

解散後は学業に専念し、その後結婚して4人の子どもの母となった。

渡辺美奈代(1969年生まれ)

おニャン子クラブのメンバーで、渡辺満里奈との“W渡辺”コンビとして人気を博した。

現在は“子育て熱心な芸能人”として注目を集めている。

渡辺満里奈(1970年生まれ)

おニャン子クラブの後期を支えた中心的存在だった。

お笑いトリオ「ネプチューン」の名倉潤と結婚し、現在は2人の子どもを育てている。

生稲晃子(1968年生まれ)

おニャン子クラブの会員番号40番で、「うしろ髪ひかれ隊」としても活動していた。

卒業後は女優やリポーターとしてのキャリアを歩み、2003年に結婚した。

斉藤満喜子(1970年生まれ)

“マッキー”の愛称で親しまれ、「うしろ髪ひかれ隊」のメンバーとしても活動した。

その後、芸能界を引退した。

松本明子(1966年生まれ)

アイドル歌手として活動を開始し、バラエティ番組でも人気を集めた。のちに俳優の本宮泰風と結婚し、現在は一児の母である。

近年も森尾由美らとともにライブイベントの司会を務めるなど、活躍を続けている。

森口博子(1968年生まれ)

アニメ『機動戦士Zガンダム』の主題歌を歌ったことで注目を浴びた。

その後はバラエティ番組に進出し、『夢がMORI MORI』などで大人気を博した。現在も歌手として活動している。

井森美幸(1968年生まれ)

ホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを獲得して芸能界入り。アイドル歌手としては芽が出なかったものの、バラエティタレントとして大成功した。

50代になった現在も数多くのバラエティ番組で活躍し、昔から変わらない明るいキャラクターで親しまれている。

山瀬まみ(1969年生まれ)

松任谷由実が手がけた曲『メロンのためいき』でデビュー。バラエティ番組『TV探偵団』で注目を集め、バラエティアイドルの草分け的存在となった。

現在も多数の番組にMCとして出演している。

相原勇(1967年生まれ)

ミュージカル『ピーターパン』でスターになる夢を抱き、芸能界入りした。

バラエティ番組『三宅裕司のいかすバンド天国』の司会で人気を得た。現在はハワイを拠点にコーディネーターとして活動している。

磯野きりこ(1964年生まれ)

お笑い系アイドルグループ「チャイルズ」の一員としてデビューした。

解散後はタレントとして活動し、現在も有名な長寿番組にレギュラー出演している。

久留龍子(1964年生まれ)

かつて「チャイルズ」のメンバーであり、バラエティ番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』の「いいとも青年隊」としても出演した。

その後、芸能界を引退した。

茂原裕子(1967年生まれ)

「チャイルズ」のメンバーであり、『笑っていいとも!』にも出演していた。

1992年のグループ解散後、芸能界から退いた。

島崎和歌子(1973年生まれ)

1989年にアイドルとしてデビューし、『オールスター感謝祭』を第1回から司会している。

近年はバラエティ番組を中心に活動し、“ワッコ姉さん”として親しまれている。

宮崎美子(1958年生まれ)

ミノルタカメラのCMで注目を集め、女優デビューを果たした。

“女子大生タレント”の走りともされる存在で、現在は母親役などの温かいキャラクターが多く、クイズ番組にも出演している。

相田翔子(1970年生まれ)

アイドルデュオ「Wink」のメンバーとしてキャリアをスタート。活動停止後は、その飾らない性格でバラエティ番組でも人気を博した。

2020年には「歯が命アワード」を受賞している。

堀江しのぶ(1965年生まれ)

クラリオンガールコンテストで選ばれてデビューし、初期のグラビアアイドルとして活躍した。

しかし、23歳という若さでこの世を去った。

加藤礼子(1969年生まれ)

クラリオンキャンペーンのグラビアモデルとして人気を博し、“写真集クイーン”と呼ばれた。

結婚後は表舞台から遠ざかったが、2012年にタレントとして復帰した。